ある台風の日の海の中・・・。
ガラガラと石が砕け散る音がうるさい波打ち際を離れ、
水深8メートルの海底に着くと、
・・・とても、静かでした。
身体を少し、左右に持っていかれるような
うねりだけがありました。
蛸壺の中で、タコが握りしめるように抱きかかえていたのは・・・
・・・卵。
ムスカリの花束を逆さにしたような、白い房々。
ハッチアウトが終わった房は、糸束のようになっています。
タコの親は、大事そうに、卵の房を撫でていました。
それはとても、丁寧なしぐさでした。
奥から手前へと、房をいざなうように足を動かし、
漏斗(ろうと)と呼ばれる口のような器官を
収縮させたり、広げたりして、
水流を作っています。
ついに、ハッチアウト。
パラパラパラと、
卵が孵っていく・・・。
私はなんとなく、
このタコのことが、忘れられませんでした。
タコの親は、ほとんど食べずに卵を守り、
孵化を見届けると死んでしまう、という話を聞いたことがあります。
その後しばらくして、
このタコは蛸壺からいなくなったので、
生きたのか 死んだのか・・・
見届けることは できませんでした。